旅のエッセイ: 突然ですが、北海道へ。2012年09月02日


 この夏は、どこへも旅行しない覚悟をしていた。
 これまで勉強をしない高校生だった次男が、高3になってついについにスイッチオン。背水の陣を敷いて、毎日のように大学受験塾に通うようになったのである。母親としても、息子をほったらかして夏をエンジョイしている場合ではなかった。
 ところが……!
 社会人1年生の娘が、たった一人で北海道に遊びに行く、と言い出した。もう往復の飛行機のチケットは取れた。キャンセルはできない……と、出発6日前の事後承諾を願い出たというわけだ。
 それだけならまだしも、レンタカーを借りて走り回ると言う。のけぞった。
 娘は免許取得3年目とはいえ、どう見たって、エア初心者マーク付き。わが家の車だって1ヵ月に一度乗るか乗らないか……程度である。しかも親譲りの方向音痴。とてもじゃないけど、たった一人で、土地勘もない北海道で、レンタカーなど乗り回すことを、許すわけにはいかない。無謀すぎる。
 母親の直感だ。過保護と言われようとなんだろうと、ダメなものはダメ。
 事故でも起こしたらどうする。ナビもわからない場所に迷い込んだらどうする。クマに襲われたらどうする。二本足のオオカミに襲われたらどうする……。
 娘の夏季休暇がお盆明けの20日から1週間と決まったのは、ほんの1ヵ月前だった。あんなにたくさん友達がいても、そのころの休暇では、付き合ってくれる友達が見つからない。友人の多くは大学院生で、勉強に忙しい時期だという。
 私にもお声がかかったが、もちろん無理なことはお互い百も承知。
 一人でも安心な海外旅行のパックを探したけれど、どこも満席だったらしい。
 とはいえ、いかに理由を並べたてられても、首を縦には振れない。
 旅行代理店に出向いて、札幌からのバスツアーがないか尋ねてみた。やはり、それは現地の代理店でないと無理だと言われる。レンタカー代わりのバス便もあることはあるが、それも申込み期間が過ぎていた。とにかく今からでは、なにもかもが遅すぎた。
 諦める? 何をどう諦める? 娘の一人旅を許す? それとも娘を諦めさせる?
 私一人では決められない。親はもう一人いるのだ。夫の帰宅を待って、話を切り出すと、夫曰く、「お母さんも一緒に行ったら?」。 
 その選択肢!? 
 受験生はどうするの? 自閉症の長男は? 
 結局、一番可能性が低いはずの、その選択肢が採択されたのである。
 サラリーマンの夫が、4日の間、男3人の寝食をなんとかするという。息子たちの異存もなかった。あっけなく決まった。出発まであと5日しかない。
 娘には、「お母さんも一緒に行くから、早く帰ってきて、相談しよう」とだけメールをした。有無を言わせなかった。
 それから連夜、娘の帰宅を待って、2台のパソコンを駆使してネットに張り付き、私の搭乗券と、トマム・旭川・小樽のホテルと、レンタカーの予約を済ませた。土曜のエッセイ教室、日曜の銀座のボランティア活動も予定どおりにこなし、荷物を作り、月曜の昼下がり、快晴の空の下、羽田から飛び立ったのだった。

羽田空港。よく晴れた空の下、遠くにはスカイツリーが見えた。


 手のかかる長男と次男に挟まれた娘は、いつだって親の手を煩わせないようにと、しっかり者でいてくれた。そうやって、私が手を焼くこともなく、あっという間に社会人になってしまった娘に、私はどこか負い目を感じているのかもしれない。
 今回の無謀な旅の計画も、末っ子の次男にばかり手をかけている私に対する、娘なりの主張を感じとってしまった、といったら大げさだろうか。私の心の片隅に、次男と娘とが私を取り合っている綱引きが見えるような気がしたのだ。
 次男の勉強は、今は波に乗っている。しばらく大丈夫だろうと思うことにした。
 そして、なんてったって《北海道》の魅力に吸い寄せられたのは言うまでもない。
 私は、その程度の母親なのである。



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☆明日からは、たくさんの旅の写真を載せるつもりです。

  どうぞ、お楽しみに。


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