600字エッセイ「母の生きがいは」 ― 2017年12月10日

母の生きがいは
母は、わが家と同じマンションの4軒隣で、病気もせずに独り暮らしを続けてきた。子どもに迷惑はかけない、というプライドが支えだったのだろう。
ところが、昨年93歳で胃がんが見つかり、胃の3分の2を摘出する手術を受けた。それもつかの間、今年になってこんどは大腿骨骨折で手術。何ヵ月もの入院のたびに母の体は弱った。「人生の最後に来て、こんな大変なことになるなんて」と嘆きながら、独り暮らしが難しくなり、この秋、ホームに入居した。広くて明るい個室で、きめ細やかな介護を受ける。
家に帰りたいとも言わず、穏やかな表情をしているのだが、どこに行きたい、何かしたいことは、と聞いても、「おさらばしたい」と言うばかりで、生きる気力をなくしてしまっている。
それでも、訪ねていけば開口一番、「風邪は治ったの?」と、私の健康を気遣い、「あの子はちゃんと学校に行ってるの?」と、孫の心配を口にする。そんなときは、ちょっとだけ以前の口ぶりを取り戻しているようだ。
先日、NHK大河ドラマで、直虎の母が自分の最期が近いのを悟って、呟いた。
「ずっとそなたのことを案じていたかった……」
いつの世も、母親は死ぬまで子どもの心配をすることこそが、生きがいなのだ。そう思うと、テレビの前で涙が止まらなかった。

コメント
_ あけにし ― 2017/12/10 20:52
_ hitomi ― 2017/12/14 22:20
優しい息子さんですね。でも、どんなに立派な息子さんでも、彼を心配してあげることができると、お母さんにとってやはり幸せなのではないでしょうか。親心とは複雑なものですね。
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私は別の理由で涙が止まりませんが、息子の慰めで
なんとか、持ち直しています。男と女は全然違いますね。