旅のエッセイ: 「トマム?」から「トマム!!」へ (1)2012年09月04日


 トマムと聞いて、ああ、あのトマムね!と言える人はそれほど多くはないだろう。
 もちろん私も知らなかった。

 娘が一人で北海道旅行をすると言い出したとき、あまりに心配で、頼りになる情報が欲しくて、近くの旅行代理店を訪ねた。アロハシャツの制服を着たカウンターの女性は、相談に来た私に、いやな顔ひとつせずに、いろいろと北海道旅行のあれこれを説明してくれた。
 北海道は車での移動が一般的なこと。道もすいていて、起伏も少なく、運転しやすいこと。バス便は今からでは予約できないこと。各都市への札幌からの所要時間……などなど。それらを聞いているうちに、さほど大変ではないことがわかってきて、少し気が楽になった。
「お嬢さん、一人で行かれるなんて、ずいぶんしっかりしているんでね。頼もしいですね」
 彼女が娘をほめてくれればくれるほど、また心配が頭をもたげてくる。
「じつは私も」と彼女は言った。「来週トマムに行くんですよ、友達とですけど」

トマム? どこですか、それ。
 札幌から東へ2時間ほど行った辺りで、「雲海テラス」というのが最近人気があるらしい。パンフレットの写真は、テラスのすぐ下まで雲が迫って、幻想的に見えた。
 

「気象条件によって、かならず見えるというわけではないんです」

私の気持ちが揺れた。

それは、娘に薦めてみようと思ったのか、自分も一緒に行く気になったのか、半月もたった今となっては定かではないのだが、トマムの雲海が私を招いたのは確かなようである。

 新千歳空港で予約しておいたレンタカーに乗りこむ。
 わが家は代々、ホンダ車しか乗らない。今回も私のたっての希望で、ホンダを選んだ。フィットのハイブリッドだ。女性向けだったのかどうか、あざやかな黄色。目立っていい。
 まずは私がハンドルを握り、ナビの設定を娘に任せる。
 しばらく走ると、ナビの画面から道路が消えた。カーナビなのに、なぜかリュックを背負ったヒトが、何もない所をてくてくと歩いている。娘が地図を見ながら道路を確認して、車を走らせ続けた。
一人だったら、困ったでしょ……と口には出さなかったけれど、ついてきてよかった、と思った。

ナビの画面によると、車は細い川のそばの何もない所を歩いている。


 

 今度は雨が降ってきた。時間的にはまだ夕方なのに、空はまっ黒い雲に覆われてしまった。土砂降りになる。この程度の雨なら、何回経験したことか。でも娘は怖がった。
 ほらごらん、一人だったら、ビビってたでしょ……と、胸の中。
 この雨は、天気予報のとおりだ。そして、明日からは晴れる予報。ついている。

ホテルでは、明日の雲海予報が出ていた。50%だという。
 きれいに見えることを祈って、雲海トマムビールで乾杯をした。
 

雲海トマムビール。あっさりしていて美味しい。


 テラス行きのゴンドラ乗り場までは、送迎バスが出る。朝4時からだ。
 そこまで早起きしなくても……と、5時に起きることにして眠りについた。

 
  〈続く〉 

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