驚きの一冊、『非色』2022年05月11日

 

友人が絶賛して貸してくれた『非色』は、202011月に発行された河出文庫の一冊です。

当時、アメリカで黒人男性が白人警察官の不要な暴力によって命を落とし、BLMBlack Lives Matter)運動のうねりが世界的に高まったのでした。その後、コロナとウクライナ侵攻に報道番組が乗っ取られてしまったかのようですが、まだ記憶に新しく、根の深い問題として、人種差別とその抗議運動は、現在もなお続いています。

 

小説の主人公である日本人女性の笑子(えみこ)は、黒人と結婚してアメリカに渡り、4人の子をもうけます。その暮らしの中で人種差別を体験し、それはなぜなのかと自問し、理由を解き明かそうと苦悩するのです。

彼女と同じ境遇の女性たちが、実にたくましく生き抜こうとする姿には、感動を覚えます。

 

しかし、私の驚きの理由は、そこではありません。

タネを明かすと、この小説は1964年に書かれたもの。故人となった作家の有吉佐和子氏が、アメリカ留学後に執筆した作品だそうです。初めは角川文庫から出版され、すでに絶版となっていました。BLM運動が盛んになった2020年、河出書房新社がタイムリーに再文庫化したというわけです。

小説としても古臭さはほとんどなく、「どうなる? どうする?」と、どんどん読み進めたくなるおもしろさがあります。米国の複雑な差別問題が、令和の世に生きる私たちに問いかけられても、笑子と一緒に考えたくなる謎解きのようなおもしろさ……と言っても大げさではないでしょう。

今から半世紀以上も前に、有吉氏33歳の時に書いたというのですから、作家としての筆力と、先駆的な洞察力には舌を巻きます。

 

有吉氏の著作で思い出すのは、『恍惚の人』。まだ認知症という言葉のなかった時代に、「痴呆老人」の介護問題を投げかけて、ベストセラーになった小説でした。私はまだ高校生でしたが、同居していた祖母も同じような症状が進んでいたので、興味を持って読んだのを覚えています。

今では当たり前になった認知症の常識や社会福祉が、当時はまだ整っていませんでしたから、彼女の先見の明には本当に感服します。

 

改めて、ご紹介します。

有吉佐和子著『非色』河出文庫2020年。

おススメしたい一冊です。



 

 


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