1000字エッセイ:娘の上海事情2022年05月15日




☆ 娘の上海事情  

            

娘は2021年2月、コロナ禍の真っ最中に、夫を東京に残して上海に単身赴任した。

その頃の中国は、厳しいゼロコロナ政策を取り、感染者数を抑え込んでいた。ところが、今年3月になると、上海市内の感染者数が急上昇し、ついにロックダウン。毎日のPCR検査以外は外出禁止で、娘の勤務はリモートワークとなる。

 

娘とはLINEでやりとりをする。込み入った用事があれば電話をすることもあるが、たいていはメッセージのみ。月に数回、仕事のじゃまにならないように、私にしては控えめな短めのメッセージを送ると、さらに短めの返信が来る。あまりおしゃべりな娘ではない。

 


上海の状況は、日本でも連日のように報道される。静まり返った街区や、PCRに並ぶ人々が映し出されている。

「検査の行列で、グレーのオーバーの女性、あなたにそっくりだったけど」

「残念、はずれ。今日は紺色のダウンでした」

 

ロックダウンは延長され続け、テレビニュースでは、「配給の食糧が届かない。餓死するよ!」と、ビルの窓から住人たちが叫んでいる。暴動まで起きているらしい。

もう子どもではないのだから、と思っても、さすがに心配になる。

「大丈夫なの?」と問えば、配給で届いた青菜やオレンジ、三十個入りの卵の写真などを送ってくる。一人では食べきれないほどの量だ。マンションで一括して取り寄せるという。欧米人の多く住む地域だから、優遇されているのだろうか。

 

五月初め、中国も労働節という五連休がある。久しぶりにのんびりと料理をした、と写真が届いた。

「トマト缶もオリーブ油もなくて、スープみたいだけど、ラタトゥーユです!」

トマト、ナス、マッシュルーム、ズッキーニなどの野菜が、お鍋いっぱいに入っている。買い物ができないので、香辛料もワインもないという。どんな味に仕上がったことやら。一緒に食べるはずの夫とも遠く離れて、それを一人寂しく部屋で食べているのかと思うと、母親としては切なくて涙が出た。

 

かと思うと、

「きのう、小麦粉と砂糖が来たから、今度はお菓子を作るね」

と、楽しそうなメッセージが届いた。

もともと娘は何が起きても動じないところがある。どこへ行ってもたくましくサバイバルするだろう。涙を拭いて応援しよう、と気持ちを切り替えた。

娘よ、がんばれ! 


 



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