エッセイ:「心に残る」――母バージョン2013年01月28日

インフルエンザが大流行中。皆さん、大丈夫でしょうか。
私は、受験生がいる年だけは家族で予防接種をすることにしているので、今年は難を逃れています。その次男が、3年前の春、インフルエンザにかかりました。
その時に書いた2000字エッセイをアップ。ひさしぶりの長編です。

*********************************************

  「心に残る」――母バージョン

 5月の連休が明けた日、ひさしぶりに独りの静けさを味わっていると、次男の中学校から電話がかかってきた。
385分のお熱がありまして、今保健室で休んでいるのですが……」
 車を飛ばして15分後、保健室には青い顔の息子がいた。
 ちょうど、アメリカ帰りの大阪の高校生が新型インフルエンザで隔離された、というニュースが日本列島を不安に陥らせていたころだ。先生の話では、息子のクラスにもインフルエンザの生徒が数名出ているという。
 私も青くなった。中3の息子たちは、5日後に長崎への修学旅行を控えていたのである。
「でもご安心ください、B型ですから」
 先生はにこっと笑った。恐怖の新型はA型で、こちらは安心のB型というわけだ。おそらく息子もその菌をもらったのだろう。
「発熱して一日経たないと菌が出ないことがあるので、検査は明日のほうが確実かもしれませんね」
 とりあえず息子を連れて帰って寝かせる。夜には40度になり、解熱剤を飲ませた。大丈夫、出発まで5日ある。あきらめるにはまだ早い。
 あいにく私は、翌日の午前中は自分のおけいこごと、さらに午後からは仕事先の年に一度の総会が控えていた。が、しかたがない。午前中は休むことにして、医者に連れて行こう。総会では大事なお役目もあるから休むわけにはいかない。薬を飲んで眠っているうちに出かけてこよう。
 わが家にはもう一人保護者がいるのだが、夫の育児への協力は土日祝日限定。その日も、帰宅した夫は、息子の病気の話を聞いて心配そうな顔はしたが、修学旅行までにはなんとか治るといいね……とそれだけ。翌朝、いつもと変わらない半分眠った表情で出勤していった。
 午前中、近所の小児科に連れていく。検査の結果は予想どおりのインフルB型。
「ほうっておいても寝てれば自然に治るんだけどね」と医者は前置きして、「一刻も早く治したい事情があるということなので、特効薬を処方しましょう」。
 薬はリレンザ。従来のタミフルは、副作用でまれに幻覚や妄想が起こるとされている。子どもの患者が異常行動で亡くなって以来、未成年には許可されなくなった。
「リレンザでも同様の副作用があるという報告もあります。服用したら24時間、目を離しちゃだめですよ」
 大声を上げて外へ飛び出したり、窓から飛び降りたりする可能性もあるというのだ。
 万事休す。午後からの総会もあきらめ、急きょ欠席のわびを入れて、代理を頼んだ。
 吸飲式のリレンザは、簡単な器具に薬のパックを装てんして投与する。息子はやがて眠りについた。1時間おきに部屋をのぞいても、いつも死んだように眠っていた。



 結局その日は、夜まで息子の爆睡を見守っただけだった。総会に出かけても大丈夫だったのに、と思う。でもそれは結果論だ。
 育児のために仕事が犠牲になるのはいつだって私。収入の多寡だと言われればそれまでだけれど、仕事である以上、私にも社会的な責任はある。でも夫は私の事情など知ろうともせず、私も話そうとはしない。そこに問題があるのはわかっていても、30年夫婦ともなると、すでにあきらめの境地……。
 翌日には息子の熱も下がり、リレンザのおかげで快方に向かった。2日間平熱が続けば完治とみなされる。旅行の前日、医者の診断書をもらって、午後からは登校できた。危機一髪、なんとか修学旅行に間に合ったのだ。
 さて旅行当日の朝、最後のリレンザを吸いこんで、いざ出発……のはずが、トイレに入ったきり出てこない。薬の副作用から下痢を起こしたようだ。今度は下痢止めを飲ませる。ぎりぎりの時刻まで待って、集合場所の羽田へ向かわせた。中学生にとって、修学旅行に行かれないことぐらい悲しいことはない。そんな私の信念が、息子を送り出したのだった。

  
 34日の旅を終え、元気に帰ってきた息子は、開口一番、こう言った。
「ありがとう、母さん!」
 初日は辛かったけれど、2日目からは食欲も出たという。五島(ごとう)の海の青さ、班長として班別行動をとった思い出……口下手な息子の話でも、楽しかった様子が想像できた。
 べつに母さんが治してあげたわけではないけど、でもよかったよかった。

 1ヵ月後、さらにおまけがつく。
 国語の苦手な息子が書いた「心に残る」というタイトルの修学旅行記が、学校通信に載ったのである。
「仕事を休んでまで看病してくれた親のためにも、楽しめなければ悪いという気がした……」
 ――私にも、心に残る最高傑作だった。




☆日本ブログ村のランキングに参加しています。
ぽちっとクリック
してください。
どうもありがとうございます!

copyright © 2011-2026 hitomi kawasaki