色のエッセイ№2「母の紋付で」 ― 2012年03月25日
明日は、娘の大学の卒業式です。
衣装は、私の若いころのピンク色の着物に合わせて、濃灰色の袴を借りました。
着付けるのは89歳になる母です。
そこで思い出すのがこのエッセイ。
今から10年前、娘が小学校を卒業したときに書きました。
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母の紋付で
娘が小学校を卒業する。卒業式にはぜひ和服を着ていきたいと思った。
若いころから、和服の好きな母任せで振袖や普段着の小紋などをそろえ、着付けてもらっていた。でも最後に着たのは新婚のころ。とても当時の赤い着物は着られない。
母に相談すると、
「私のでよかったら」
と、一枚の着物を和だんすから出してきて広げた。それは、淡いあずき色より少しピンクがかった落ち着いた色合いで、早春の式にふさわしい紋付だった。
「あなたの卒業式に着たものよ」
そういえば、母は私の小学校の卒業式で保護者代表の挨拶を述べている。でも着物にはあまり見覚えがなかった。
さて当日、母に着付けてもらって、学校へ向かう。50数名の保護者のうち、いつもはジージャン姿の私だけが唯一の和服姿だ。
「おかみさんみたい」という男の子あり、
「かっこいいですね」という若い先生あり。
だれもが目をとめ、声をかけてくれた。
娘は、出席簿順で文字どおり「いの一番」に名前を呼ばれ、卒業証書を受け取る。
3つ年上の長男は自閉症という障害を持っている。娘は、生まれてからずっと母親の苦労をそばで見て育ったせいか、いつでも聞き分けがよかった。あるがままの兄を受け入れて、兄妹同じ小学校に通った。いろいろな思いがあったろうに、それでも素直な明るい子になってくれた。
さらに、この2年間は、中学受験の勉強をがんばりとおして、難しい志望校にもみごと合格した。
りりしい眉と涼やかな目もと。おさげ髪にスーツを着て、娘はひときわ輝いて見えた。
そのとき脳裏には、35年前の卒業式が鮮やかによみがえった。母が私の脇を通って正面へ進んでいくときの衣擦れの音。謝辞を読み上げる少し震えた声……。
ああそうだ、母の後ろ姿はたしかにこの着物だった。
そして今、私はそれをまとい、あの日の母と同じ晴れがましさを感じているのだ。
ふしぎと涙はなかった。背筋を伸ばし、凛とした気持ちで、壇上の娘を見つめていた。
(2002年3月)
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コメント
_ katawareduki ― 2012/03/27 08:04
_ hitomi ― 2012/03/27 09:25
このギョウーカイの方からコメントをいただくことはあまりないので、とてもうれしいです。それも、そろそろ疲れてきたからしばらくお休みしようかな……と弱気になっていたところだったので、励みになりました。
さっそくそちらのブログも拝見してみると、コメントでは女性だとばかり思っていたのですが、男性のユーモアのあるエッセイが並んでいるではありませんか。お上手! おもしろい!
こちらこそ、参考にさせていただきますね。これからもどうぞよろしく!
_ 村上 好 ― 2014/11/12 22:12
12年前のエッセイですね。
お嬢様の卒業式に、お母さんの着物を着ていく。
<淡いあずき色より少しピンクがかった落ち着いた色合いで、早春の式にふさわしい紋付>
「あなたの卒業式に着たものよ」
<母は私の小学校の卒業式で保護者代表の挨拶を述べている。>
<50数名の保護者のうち、いつもはジージャン姿の私だけが唯一の和服姿だ。>
<娘は、出席簿順で文字どおり「いの一番」に名前を呼ばれ、卒業証書を受け取る。>
<この2年間は、中学受験の勉強をがんばりとおして、難しい志望校にもみごと合格した。>
<そのとき脳裏には、35年前の卒業式が鮮やかによみがえった。母が私の脇を通って正面へ進んでいくときの衣擦れの音。謝辞を読み上げる少し震えた声……。>
<ああそうだ、母の後ろ姿はたしかにこの着物だった。
そして今、私はそれをまとい、あの日の母と同じ晴れがましさを感じているのだ。>
お母さん、hitomi さん、お嬢さんをつなぐ少しピンクがかった着物。
ご卒業、中学入試合格、おめでとうございます!!!
さて、写真の着物姿のあでやかな女性はどなたでしょうか?
村上 好
PS 私のブログに、テニスクラブの写真を掲載しました。ご覧いただけると嬉しいです。
_ hitomi ― 2014/11/13 19:57
ありがとうございます。
もう和服を着る機会は少なくなりました。エッセイと写真を残して、母は着物から卒業ですね。
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これからは参考にさせていただきたいと思います。
お嬢さんも背筋を伸ばし凛とした気持ちでご卒業なさったことでしょう。(*^^*)ポッ