おススメの本、西加奈子著『サラバ!』2015年10月06日





ご存じ、2014年下半期の直木賞受賞作品です。売れているようですね。

本屋さんの店頭に積まれた本のカラフルな表紙、力強いタイトル文字が、とても目立っていました。

これを読む前に、著者である西さんをテレビで見かけました。若くて、ちょっとおもしろい気さくな女性、という印象。他の作品を読んだこともなく、私の予備知識はまったくありませんでした。

 

登場人物は、まず今橋家の4人家族。両親と二人の子ども。

弟の歩(あゆむ)が、イランの病院で生まれ落ちるところから始まって、みずからの生い立ちを語っていきます。

 

そして、なんといっても強烈な個性の姉。性格も行動も常軌を逸していて、母親ともうまく関係を作れないでいる。もちろん学校でも嫌われてしまう。

余談ですが、この少女は、私の長男が抱えもつ自閉症とも近いのではないか、とまで感じました。

 

そのせいばかりではないのですが、この母親には惹かれました。自分の思いどおりに事を進めてしまう。自分の欲望のままに生きようとする。情が深く、自分に素直でチャーミングな女性。美人で料理が上手で……という点は、私とはかけ離れているけれど。

どの人物も、歩の観察によって、くっきりとした個性が描かれおり、一人ひとりが立ち上がって見えます。だからこそ、それぞれの言動がリアルに受け取れるのでしょう。

 

一家は、エジプトのカイロ、大阪へと、住まいを変えていきます。場所が移り、月日が流れ、物語は次から次へと展開して、少しもあきさせません。

ときにはファンタジーといえるような出来事もわき起こる。それもまた、不思議なリアリティが感じられるのです。

どこか懐かしいような、自分に近しいような……。物語に入り込んだら抜けられない、この魅力は何なのでしょう。

 

歩が30代になって、ついに自分探しの旅が終わり、〈それ〉を発見するに至ります。

そのとき、夢中で読んできた長い物語の一つひとつの要素が、すべて〈それ〉のなかに、ダイナミックな渦を巻くように集約されているのだと気づかされるのです。

最後の40ページからは、なぜか落涙を止められませんでした。

 

上巻の帯のキャッチコピーに、次のような言葉がありました。

 

 これは、魂ごとあなたを「持って行く」物語。

 

たしかに。

性別、世代、国籍を超えて、魂に響いてくるはずです。

ぜひ、読んでみてください。





 


自閉症児の母として(25):息子の職場を訪ねて2015年10月10日

 

昨日、息子の職場に出かけてきました。


20131012日の記事、


「自閉症児の母として(14):やっと再就職です!」


でも書いているように、ちょうど2年前の1011日に採用が決まった障がい者雇用の会社です。当時は電車を乗り継いで40分ほどかかる場所にありましたが、今年の春、会社が近くに引っ越してきて、所要時間も半分以下となりました。

近代的なビルの中にあって、環境的にもアップです。



 

入っていくと、20名近い社員が、黙々と自分の仕事をこなしています。

息子は私をちらりと見てもニコリともせず、作業に集中。

担当の方の説明では、ゆうパックの大きな封筒に、封入シールを貼っているのだとか。封筒のふちから1ミリだけすき間を開けて、左右同じ幅で曲がらないように貼る。見ると、本当に少しもずれていない。私にはできそうにない熟練の神わざに見えました。

「とても丁寧な作業ですね」とほめてもらいました。




 この写真、なんだかお分かりですか。

じつは、ただのパンケーキの食品サンプルではなく、それを利用した小物入れ。一つずつ透明の袋に入れてひっくり返し、底にマチを作って折り、封をする。これも、相方とコンビを組んで定評のある仕事をしているとのことでした。

ちなみに、食品サンプルは日本のお家芸で、海外からの観光客に人気があります。このパンケーキも商品として、ソラマチなどで売られているそうです。


 

「昼食休憩の時間です」

125分ちょうどになると、息子が穏やかな声で、皆に告げます。

彼のもう一つの任務は、タイムキーパーなのだとか。時間も気にせず、だらだらと仕事を続けてしまう社員もいるなか、必要な役わりです。小さい時分から、時間に厳しい彼には、得意中の得意分野でした。





息子の昼食は仕出し弁当。主食はかならず麺類で、うどんとそばを交互に注文しています。

やっとくつろいだ表情になり、私が帰るとき、「じゃ、がんばってね」と手を振ると、同じように手を挙げてこたえてくれました。 



職場では、息子の能力を上手に引き出し、それを生かした仕事をさせてもらっているようです。

自信に満ちた顔つきで仕事をして、お給料をもらい、家庭では好きなゲームやスポーツ観戦に没頭する。障がい者といえども、満ち足りた暮らしを送っているのだと、改めて確認できました。

そのことが、29年目の障害児の母には、何よりありがたいことなのです。






映画『ヴェルサイユの宮廷庭師』を観る2015年10月13日


連休が明けて、今日は私の完全オフ。おだやかな秋の日の昼下がり、映画を観てきました。



 

『ヴェルサイユの宮廷庭師』

監督のアラン・リックマンは、ご存じハリー・ポッターのスネイプ先生です。ルイ14世を演じる俳優としても登場しています。

ヒロイン役のケイト・ウィンスレットは、『タイタニック』よりはるかに落ち着いて、『愛を読むひと』よりさらに成熟して、存在感がありました。

 

私は、フランスには何度か訪れていても、ヴェルサイユ宮殿にはまだ行ったことがありません。が、そんなことはどうでもよかったのでした。

舞台は17世紀フランス。これからヴェルサイユ宮殿を造ろうというルイ14世の時代です。登場するル・ノートルという国王お抱えの造園師も、実在の人物です。

 

ヒロインのサビーヌは、植物を愛し、庭園造りに打ち込むひたむきな女性。その豊かな感性と素直さゆえに、同僚の男性たちからも人望を得て、妃を亡くした国王の心を慰め、やがて、敬愛する師であるル・ノートルと結ばれる、という物語です。


しかしながら、そんな時代に、一介の女性が庭師として自立して生きていけるはずはない。そこが、リックマン監督のフィクションなのだそうです。

現代社会にも通じる女性の強さは魅力的です。一方で暗い過去に苦しむ母親としての姿や、恋に落ちていく表情には、やはり胸がふるえます。


きらびやかな王宮の世界と、緑あふれる映像。しばしスクリーンの中に引き込まれ、日常を忘れました。

 

情熱と静けさと……。今の季節にぴったりの映画でした。

おススメです。

 

 







自閉症児の母として(26):おススメの映画『海洋天堂』2015年10月22日


中国の映画『海洋天堂』を、数年前に映画館で見たとき、私は初めから泣きっぱなしでした。

自閉症の息子と二人暮らしの父親が、余命わずかだと宣告され、息子に一人で生きていくすべを教えるという、哀しくも心打たれる映画です。

主人公は自閉症の親子ではありますが、そこに描かれているのは、海のように深く包み込むような普遍的な親の愛情ではないでしょうか。

自閉症児を抱えているご家族だけでなく、すべての方にお薦めしたい素晴らしい作品です。


明日1023日(金)午後1145123 

NHKBSプレミアムで放映されます。




 

タオル片手に、ぜひご覧になってください。

予告編だけでも泣けてきます。

(「予告編」をクリックすると、YouTubeのサイトにリンクします)







エッセイの書き方のコツ(28):最優秀賞、おめでとうございます!!2015年10月26日


私が講師となって「エッセイクラブ稲城」が生まれたのは、今から15年前のこと。その発足当時からのメンバーであるMさんが、このたび、エッセイコンテストで100編以上の中から選ばれて、最優秀賞を受賞されました。

70代の彼女は、お花の先生でもあるのですが、その流派が発行する機関誌が、年に一度エッセイコンテストを開催。今回のテーマは「花との出合い」でした。

ふだんから、いろいろとお花に関わるエッセイを書いているので、今回は書き溜めた作品の中から応募してみよう、と思われたようです。

 

受賞作品の原型になったのは、数年前に書かれた2000字ほどのエッセイです。タイトルは「私の花遊び」。花にまつわるさまざまな思い出が浮かんでは消えていきます。そんな過去を、現在のエピソードで挟む構成になっています。花に詳しくない読み手にもわかるような説明があり、具体的でこまやかな描写のなかに、作者の花遊びの世界が広がる作品でした。




椿のイラストも美しいページに。

 


今回の受賞作は、タイトルはそのままに、半分の長さになっていました。

花の専門誌ですから、花についてのよけいな説明は不要でしょう。それらをカットし、思い出も厳選。文末も整理され、体言止めが増えています。

その行為はあたかも、花器に花を生けるとき、花の美しさを引き出すため、茎を切り、葉をそぎ、花の数を減らす作業のごとく、Mさんはエッセイを整えていったのでは、と思いました。

こうして、生け花のような芸術作品に仕上がったエッセイが、審査員をうならせたのでした。

 

私は、いつも「体言止めは多すぎないように」と言ってきました。

しかし、このエッセイでは、その多用が散文詩のような雰囲気を醸して、成功しています。

お見事です。Mさん、本当におめでとうございます!

 

「先生のアドバイスに従って書き直した箇所がほめられました」

うれしい報告を、いの一番に私に知らせてくれたMさんは、そう言いました。

 

講師冥利に尽きるとはこのことですね。

Mさん、ありがとうございます。




 多摩川沿いの稲城は、昔から梨の栽培が盛んな地域です。

Mさんが贈ってくれたのは、新高という実の大きな品種で、普通の幸水の4倍ぐらいありそうです。もちろん美味しさは格別でした。








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