旅のフォトエッセイ:東松島へ(3)~千佳子さん~2013年06月01日

「東松島に、一度おいで!」
銀座の物産展のとき、最初にそう言ってくれたのが、千佳子さんだった。東松島からやってきた、のり工房矢本のメンバーの一人だ。
Facebookのプロフィール写真には、ハワイのお姫様のようなステキな写真が使われている。
「あの写真は、どこかで撮影したんですか」と聞いたら、
「ハワイで撮ってもらったの。もう何年も前だけど」という。
「私だって、7年前の写真よ」と私。
おたがいナイショにしとこうね、と二人で笑った。
(ただし、私の現在のプロフィールは半年前のです。誤解のなきように……)
あとからわかったのだが、千佳子さんはフラダンスの名手。ハワイのお姫様にだって負けていないわけだ。

千佳子さんと清美さん

清美さんと千佳子さんは義理の姉妹。海苔養殖を営む千佳子さんの実家に嫁いできたのが清美さん。お兄さんと結婚した。
二人とも、私より年下だが、お孫ちゃんがいる。若くてかわいらしいおばあちゃんたちだ。

清美さんの運転する車に、千佳子さんも乗り込んで、私と娘をまる一日案内してくれた。
まずは目的の大曲浜へ。
清美さんの住居、つまり千佳子さんの実家も、大曲浜にあった。
そして、津波によって、跡形もなく流された。
その場所へ連れていってくれたのである。

(青い鯉のぼりについては、「東松島へ(1)」に書きました)

防波堤のこちらからは、海が見えない。海を見ようよ……。
防波堤へ
なんと穏やかで、美しく青い海だろう!
どうしても、あの日、豹変して狂暴となった海を想像することができない。


昨年8月に完成した慰霊碑。


この地域で犠牲になった方々の名前が刻まれている。
その数、311名。悲しすぎる偶然だ。
観音様の頭のてっぺんまで、約6メートル。この地を襲った津波の高さだという。


千佳子さんが、強い海風をよけて、手際よくお線香に火をつけてくれた。
どれだけの数、火をともしてきたのだろう、とふと思った。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 
今日はここまで。まだまだ続きます。
なかなか続きが書けないのは、目下、超多忙という事情もあるのですが、軽々しく書き進めることができません。
被災地の状況は、聞いてはいたつもりでした。テレビや新聞などからも、情報を得て知っているつもりでした。
それでも、実際に足を運んだ場所について情報を確かめるたびに、被害の大きさ、重さに圧倒されるのです。
それらをひとつずつ受け止めながら、少しずつ書き進んでいきたい、と思っています。

東松島市のホームページには、被害状況についての情報や、当時の被害状況の写真が掲載されています。2年を経た私の写真と、比べてみてください。



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